居場所難民だった私が、VRChatで得た内面の安定と現実への一歩
現実世界の狭まりとVRChatへの漂流
VRChatという仮想世界に足を踏み入れたのは、現実での私の世界がひどく狭まっていた時期でした。仕事では人間関係に疲弊し、趣味への情熱も失せ、自宅と職場の往復のみという単調な日々を送っていました。SNSで見る他者の輝かしい生活と自分を比較し、漠然とした孤独感や閉塞感を募らせていました。友人との関係も徐々に疎遠になり、「自分にはもう居場所がないのかもしれない」という感覚が、日増しに強くなっていたのです。
そんな時、偶然インターネットで見かけたVRChatに関する記事に目が留まりました。「もう一つの世界で、なりたい自分になれる」。そのフレーズは、当時の私にとって、溺れる者が掴む藁のように感じられました。現実から一時的にでも逃れられるなら、という安易な気持ちと、新しい何かへの微かな期待が入り混じった状態で、私はVRChatの世界へとログインしました。
広大な仮想世界での放浪、そして微かな光
初めてHMDを被り、VRChatのホームワールドに降り立った時の感覚は、今でも忘れられません。静かで広々とした空間に立ち、目の前に広がる無限の可能性に、息を呑みました。しかし、同時に、次にどこへ行けば良いのか全く分からないという途方もない感覚にも襲われました。
最初は、賑やかなパブリックワールドを中心に巡りました。様々なアバターの人々が行き交い、楽しそうに交流している様子は、まるで異世界のお祭りのようでした。しかし、その交流の多くは刹那的で、深い会話に発展することは稀でした。私も話しかけてみたりしましたが、輪の中に入り込むのは難しく、多くの時間を傍観者として過ごしました。現実世界で感じていた「ここに自分の居場所はない」という感覚が、仮想世界でも繰り返されているようで、軽い絶望感を覚えたこともあります。
そんな放浪の期間を経て、私は特定のテーマに特化した、比較的少人数のワールドやコミュニティに惹かれるようになりました。それは、私の現実世界での密かな趣味や関心事(例えば、特定の年代の音楽を愛好するワールド、あるいは少しマニアックな技術的な話題について語り合うワールド)に関連する場所でした。そこでは、パブリックの喧騒とは異なり、落ち着いた雰囲気の中で、共通の興味を持つ人々がゆったりと交流していました。
仮想世界で見つけた「私たちの場所」
ある時、私はとある技術系のテーマワールドで行われていた、非公式の勉強会に参加しました。参加者は数人でしたが、皆VRChatでの技術的な試み(アバターの最適化、シェーダーの応用、ワールドギミックの作り込みなど)に情熱を燃やしている方々でした。私はまだ初心者でしたが、彼らは私の拙い質問にも丁寧に答えてくれ、彼らの知識やアイデアを惜しみなく共有してくれました。
このコミュニティに触れる中で、私が最も感銘を受けたのは、互いの技術レベルやVRChat歴に関わらず、共通の「好き」という気持ちで繋がっている強い一体感でした。そこには、現実世界で感じていたような評価や競争のプレッシャーは一切ありませんでした。私が試行錯誤して作った簡単なギミックを披露した時、皆が自分のことのように喜んでくれた経験は、私にとって非常に大きな出来事でした。「下手でもいいんだ」「挑戦すること自体が価値なんだ」と心から思えるようになりました。これは、長い間自己肯定感が低迷していた私にとって、まさに救いでした。
私たちは、特定のワールドを「私たちの場所」と呼び、そこで定期的に集まるようになりました。技術的な情報の交換だけでなく、たわいもない雑談をしたり、一緒にワールド巡りをしたり、時には共通の目標(例えば、皆で協力して特定のテーマのワールドを作るなど)に向かって作業したりしました。そこでの時間は、私にとって現実の憂鬱さを忘れさせてくれるだけでなく、明日への活力を与えてくれるものとなりました。
内面の変化と現実世界への影響
VRChatでのこの「居場所」を見つけた経験は、私の内面に大きな変化をもたらしました。以前は、自分は社会の片隅に追いやられた存在だと感じていましたが、仮想世界での温かい繋がりを通じて、「自分にも価値がある」「必要としてくれる人がいる」と感じられるようになったのです。毎晩のようにVRChatで彼らと過ごす時間が、私の精神的な安定剤となりました。
この内面の変化は、徐々に現実世界にも良い影響を与え始めました。心の余裕ができたことで、仕事のストレスを以前ほど重く感じなくなりました。同僚とのコミュニケーションにも、以前より前向きに取り組めるようになりました。また、外出するのが億劫だった私が、休日には少し遠出してみたり、新しい趣味の教室に通ってみたりと、活動範囲が広がりました。VRChatで培った、相手の話を注意深く聞き、自分の考えを論理的に伝えるコミュニケーションのスタイルも、現実世界での人間関係構築に役立っていると感じています。
仮想と現実を繋ぐ「居場所」の力
かつて「居場所難民」だった私が、VRChatという仮想世界で得たのは、単なる時間潰しや一時的な逃避ではありませんでした。そこには、私の内面を理解し、私の存在を肯定してくれる温かいコミュニティがあり、それが私にとってかけがえのない「居場所」となりました。この仮想の居場所が、現実世界で失いかけていた自信や、他者と繋がる勇気を私に与えてくれたのです。
VRChatは、私にとって今も大切な世界ですが、もはや現実から逃れる場所ではなく、現実世界での人生をより豊かにするための、もう一つの大切な空間となっています。仮想世界で得た繋がりや学びを糧に、私は現実世界での一歩を、以前よりも確かに踏み出せるようになりました。VRChatで見つけた「居場所」は、仮想と現実という境界を超えて、私の人生全体を支えてくれる確かな土台となっているのです。