私のVRChat体験記

VRChatで培ったコミュニティ運営スキルが現実世界で活きる時

Tags: コミュニティ運営, イベント企画, スキルアップ, 現実世界への応用

現実世界での壁と、VRChatへの漂流

私がVRChatの世界に足を踏み入れたのは、今から数年前のことです。当時は現実世界での人間関係や、複数のメンバーと協力して何かを成し遂げることに強い苦手意識を持っていました。会議で発言することはおろか、大人数の場で自分の意見を求められるだけで体が固まるような状態でした。仕事においても、与えられたタスクを一人で黙々とこなすことはできましたが、チームを牽引したり、自ら企画を立ち上げたりすることは皆無でした。漠然とこのままではいけないと感じつつも、具体的な行動に移せない日々を送っていたのです。

そんな中、ふと目にしたVRChatの記事に興味を持ちました。「バーチャル空間で、アバターを通じて自由に交流できる」。現実での自分を隠せるその特性に惹かれ、逃げるようにVRChatの世界に飛び込んだのが始まりです。当初の目的は、単にアバターを着て様々なワールドを巡ったり、気の向くままに誰かと会話したりするだけでした。現実での重圧から解放され、匿名性の中で肩の力を抜いて過ごせるその空間は、私にとって心地よい隠れ家のような場所でした。

受け身から、コミュニティ運営の渦中へ

VRChatでの生活に慣れてくると、特定の趣味を持つコミュニティに深く関わるようになりました。共通の話題を持つ人々と過ごす時間は楽しく、少しずつではありますが、現実世界では難しかった他者との繋がりを感じられるようになっていきました。

最初は他のメンバーの活動に参加するだけの受け身の立場でした。しかし、そのコミュニティで定期的に開催されていたイベントが、ある時期から運営メンバーの高齢化や多忙により、継続が難しくなっている状況を目の当たりにしました。そのイベントはコミュニティの核であり、多くのメンバーが楽しみにしているものでした。このままではなくなってしまう、という危機感が、私の内に眠っていた小さな能動性を刺激したのです。

思い切って、運営を手伝いたいと申し出ました。最初は簡単な準備の手伝いからでしたが、気づけばイベントの企画立案、参加者の募集、当日の進行管理、果てはイベントに使用する簡易的なワールドの設営(既存ワールドのギミックを組み合わせる程度ですが)など、多岐にわたる役割を担うようになっていました。

企画、調整、そして直面した多様性という課題

VRChatでのイベント企画は、現実世界のそれとは異なる独特の面白さと難しさがありました。参加者は様々な国や地域からアクセスしており、使用しているデバイスもPCVR、Quest単体、デスクトップモードと多岐にわたります。共通の理解を得るためには、言葉の壁はもちろんのこと、技術的な制約や文化的な背景も考慮に入れる必要がありました。

印象的だったのは、ある大規模な交流イベントを企画した時のことです。単に集まるだけでなく、参加者同士が自然に会話を始められるような仕掛けを盛り込みたいと考えました。そこで、特定のテーマについて語り合うグループを作るアイデアを提案しました。テーマ分けや、各グループの進行役のアサイン、ワールド内の適切な場所への誘導など、細かい調整が必要でした。

特に難航したのは、参加者間の意見の調整です。趣味を共有する場とはいえ、イベントの形式やルール一つとっても様々な意見が出ます。全員の希望を叶えることは不可能であり、どこで線を引くか、どのように合意形成を図るかが常に問われました。現実世界であれば、ある程度組織の論理や序列で決まることもありますが、VRChatの多くはフラットな関係性で成り立っています。個々の意思決定プロセスを尊重しつつ、全体の方向性を定めるという難しさを痛感しました。

また、イベント当日のトラブル対応も避けられません。特定のインスタンスが落ちたり、予期せぬアバターパフォーマンスの問題が発生したり、参加者間の小さな諍いが起きたりすることもあります。そうした際、冷静に状況を把握し、代替案を提示したり、関係者間でコミュニケーションを仲介したりといった対応が求められました。これはまさに、現実世界でのプロジェクトマネジメントやチームリーダーに必要とされるスキルそのものでした。

メタバースの経験が現実世界にもたらした変化

VRChatでのコミュニティ運営やイベント企画の経験は、私の現実に大きな変化をもたらしました。まず、人前で話すことへの抵抗が著しく軽減されました。バーチャル空間とはいえ、多くの参加者を前に進行役を務めたり、企画意図を説明したりする経験は、現実でのプレゼンテーションや会議での発言に対する心理的なハードルを下げてくれました。

次に、多様な意見をまとめ、一つの目標に向かって推進していく調整能力が身につきました。VRChatでの経験を通じて、異なる視点を持つ人々と建設的に対話する方法や、妥協点を見出す重要性を実践的に学ぶことができました。これは、職場で様々なバックグラウンドを持つ同僚や顧客と関わる際に非常に役立っています。

さらに、自ら課題を見つけ、解決策を考え、周囲を巻き込んで実行に移すという、いわゆる企画力や実行力が向上しました。 VRChatでの「こうしたらもっと面白くなるのではないか」「この問題はどう解決しようか」という思考プロセスは、現実世界での業務改善や新規プロジェクトの提案にも直結しています。かつては受け身だった私が、積極的に周囲に働きかけ、小さな企画を形にできるようになりました。

VRChatでアバターを着て活動することは、ある意味で「自分ではない誰か」を演じることでもありますが、その経験が私自身の隠れた可能性を引き出し、現実世界での行動範囲を広げてくれたと感じています。バーチャルと現実の境界線は曖昧になりつつありますが、VRChatで培った経験は、単なる遊びの範疇を超え、私の人生における確かな資産となっています。

終わりに

VRChatは、単なるゲームやコミュニケーションツールではありません。そこには多様な人々が集まり、独自の文化が生まれ、そして現実世界では得難い経験を積むことができる可能性が満ちています。私の場合は、コミュニティ運営を通じて、リーダーシップや企画力といったスキルを実践的に学ぶことができました。もしあなたがVRChatの世界で何か新しい挑戦をしたいと考えているのであれば、ぜひ一歩踏み出してみてください。きっと、そこで得られる経験が、あなたの現実世界にも良い変化をもたらしてくれるはずです。